私と童謡

中田喜直

私が一番最初に作った曲は、小学校の三、四年の頃だったと思うが、三木露風の「静かな日」という詩に作曲した童謡である。
昭和二年発行の小学生全集第四十八巻、日本童謡集(上級用)西条八十編、に出ていた詩である。この本を私は非常に大切にしていて、戦争中も私のカバンの中に入れたまま、台湾、フィリビン、ジャワまで、ずっと私と一緒だった。戦災で、留守宅にあった昔のものは一切なくなってしまったが、この本だけは無事だった。
この本の中から、六つの詩を選んで、私が「六つの子供の歌」という歌曲を一九四七年(昭和22年)に作曲し、発表した。この作品で、私が作曲家としてはじめて世に認められ、また現在も、この歌曲が、私のすベての作品の中の代表作になっている。だから、この一冊の童謡集を持っていなかったら、私の中の一番いい曲がなくなるので、私の今日に重大な影響があったわけである。
四十年前、私が六オの時に出た本に、すでに、サトウハチロー会長の詩がのっているのだから、たいしたものである。
童謡協会が出来て、いい童謡集が出来て、昔、私が歩んだような道を、また新しい時代の子供達が歩んでいくのではないかと、ふと思ったりする。

 

日本童謡協会会報第一号 昭和44年6月1日発行

 
プロフィール
 
1923年(大正12年) 8月 1日   東京に生まれる。
 
父が音楽家であったため、幼少よりピアノ・作曲に興味を持つ。1943年(昭和18年)
9月25日  東京音楽学校(現・東京藝術大学)ピアノ科卒業。
10月 1日  宇都宮陸軍飛行学校入学(特操一期)。
 

1947年(昭和22年)頃より  本格的に作曲活動に入る。一般には「雪のふるまちを」「夏の思い出」「ちいさい秋みつけた」「めだかのがっこう」などがよく知られているが、主要な作品は、歌曲(「六つの子供の歌」「マチネ・ポエティクによる四つの歌曲」他)、合唱曲(「美しい訣れの朝」「都会」他)、ピアノ曲(「ピアノ・ソナタ」「組曲 光と影」他)で、その大部分の作品が出版、レコード化され、諸外国で演奏されることも多い。
 
1949年(昭和24年)   NHK毎日音楽コンクール入賞以来、毎日音楽賞、芸術祭賞、久留島武彦文化賞、神奈川文化賞、横浜文化賞、モービル児童文化賞、レコード大賞童謡賞など、数多くの賞を受けている。
 
1986年(昭和61年)   11月紫綬褒章受章。
1995年(平成7年)   NHK放送文化賞受賞。
1999年(平成11年)   日本音楽著作権協会60周年特別賞受賞。
2000年(平成12年)   日本レコード大賞日本作曲家協会功労賞受賞。
1979年 ~ 2000年   (社)日本童謡協会会長。
1990年 ~ 2000年   フェリス女学院大学教授 及び 名誉教授。
2000年(平成12年) 5月 3日 歿