童謡歌碑の旅・番外編
たつの市「童謡の里」を歩いて

桑原永江
たつの市「童謡の里」「赤とんぼ」の作詩者であり、詩人・童謡詩人として偉大な足跡を残した三木露風の出生地である兵庫県たつの市は、1984年に「童謡の里宣言」を発し、以来さまざまな事業を通じて童謡の里づくりをすすめています。
露風の生家(現在も残っていて、その内部を観覧できます)からも徒歩圏の白鷺山公園には「童謡の小径」が整備され、小径の傍らには、1987年に全国から募集した「あなたの好きな童謡」の上位に選ばれた曲の歌碑が並んでいます。
昨年、三木露風賞新しい童謡コンクールの関連イベントである「作詩セミナー&コンサート」にお招きいただいた折に、この「童謡の小径」を歩いてきました。
白鷺山 裏手の階段から入る“逆ルート”を歩いたので、最初に現れたのは、サトウハチローの 歌碑①「ちいさい秋みつけた」でした。歌碑をよく見ようと近づくとセンサーが発動し、♪だーれかさんが だーれかさんがー だーれかさんが みいつけたー、のあのメロディーが、したたる緑に響きわたります。
夏日を記録したこの日、意外に険しめの斜面をすでに汗ばみながら登ると ②「月の砂漠」の歌碑があらわれ、すぐ脇には、旅のラクダがおりました。
③「みかんの花咲く丘」の歌碑に続いて山頂に伸びるのは、やぐら型の ④「七つの子」の歌碑。その尖端では親がらすが、鳴きかわす七つの子がらすを見守っています。
山頂の展望台からは、たつのの山並みと揖保川(そうめんの「揖保乃糸」、のあの揖保です)流域一帯が一望できます。三木露風も折々にこの眺望に親しみ、詩情を育んだのでしょうか。
そこから道を下って、2種類の石を組み合わせた ⑤「叱られて」の歌碑に、2つの石は叱られた“あの子”と“この子”かしらと思ったり。そして ⑥「夕焼小焼」、⑦「里の秋」の歌碑まで。――そういえば たどった歌碑の“材質”がずいぶん違っていたなあと後で調べると、なるほど、「みかんの花咲く丘」ならば作詩者・加藤省吾の生誕地である静岡県産出の柿木石を使うなど、それぞれ作詩者ゆかりの地の石で造られていて、楽曲への愛と敬意に大きくうなずきました。
「童謡の小径」の“正門”から出て少し道を下ると、大きなレンガの壁に、歌詞、楽譜、露風のレリーフ像が飾られた堂々たる ⑧「赤とんぼ」の歌碑と、三木露風の立像が待っています。ここまでの8つの歌碑が「あなたの好きな童謡」上位8曲で、その第一位が「赤とんぼ」ということになります。
露風像を右手に曲がると、桜の名所としても名高い「哲学の道」。葉桜から新緑へ移ろうこの季節の桜並木もすがすがしい光景でしたが、桜満開の時節はまた格別だろうと思います。
露風の「ふるさとの」の詩碑の立つ聚宴亭(しゅうえんてい)から、露風の旧邸跡 → 露風の詩集・童謡集から かけていた眼鏡まで、ふむふむと興味深い展示の並ぶ「霞城館(かじょうかん)」→ 三木露風の生家 をぐるりと回って、小半日。
第二次大戦の戦火をまぬがれた一帯は、古き良き城下町の佇まいを残す「重要伝統的建造物群保存地区」になっていてその美しさに目を奪われますし、町並みのそこここ――側溝のフタから街灯の柱、イベントホールの扉まで――に「赤とんぼ」の意匠が隠れていて、見つけるたびに、うほっと笑みがこぼれます。
急ぎ足の道行きとなりましたが、いつかまた、こんどは神社や道々のお店にも立ち寄って、露風が “ねえや”に背負われて赤とんぼを見たのはこの境内だろうか露地だろうかと思いを馳せながら、ゆっくり歩いてみようと決めた、「童謡の里」たつの行でした。

「童謡の小径」歌碑 (作詩作曲者)
- 月の砂漠 作詩 加藤まさを 作曲 佐々木すぐる
- みかんの花咲く丘 作詩 加藤省吾 作曲 海沼實
- 七つの子 作詩 野口雨情 作曲 本居長世
- 叱られて 作詩 清水かつら 作曲 弘田龍太郎
- 夕焼小焼 作詩 中村雨紅 作曲 草川信
- 里の秋 作詩 斎藤信夫 作曲 海沼實
- ちいさい秋みつけた 作詩 サトウハチロー 作曲 中田喜直
- 赤とんぼ 作詩 三木露風 作曲 山田耕筰






たつの市のあちこちに、大きな赤とんぼ、小さな赤とんぼが隠れています。




